不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ストップ・プレス/マイケル・イネス

ストップ・プレス 世界探偵小説全集 (38)

ストップ・プレス 世界探偵小説全集 (38)

 国書刊行会の世界探偵小説全集としては、今までで最も分厚い一冊である。
 シリーズ通俗小説(多分)の中から主人公が現実世界に出て来て、作者に対して悪さをしているのでは……という内容のユーモアミステリ。現実と虚構の境界、創作という行為、文化と商業、学問と商業(生活)、真の幸福、こういった辺りはテーマとしては極めてありがちかも知れないが、そこはさすがにマイケル・イネス、極めて示唆に富む会話・述懐を登場人物におこなわせ、高踏な視座を読者に提供する。もちろんユーモアに軽薄さなど皆無、登場人物の性格付けも奥行きがあって読み応え抜群。ミステリ的にはバカミスだが、そこだけ取り出して軽々しく扱えるタイプの作品ではない。ミステリをネタとしたジョーク、といった様相を呈する本作であってみれば、むしろ真相はこうでなくてはならない。
 読者を楽しませることを一義とするエンタメとは一線を画す作品である。充実のひと時は約束されているが、手に取るときのモードやモチヴェーションを間違えると悲しいことになるはず。