不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

蜘蛛の巣のなかへ/トマス・H・クック

蜘蛛の巣のなかへ (文春文庫)

蜘蛛の巣のなかへ (文春文庫)

 父を看取るための、二十数年ぶりのロイの帰郷。母は既に亡く、弟は二十数年前に自殺した。終日不機嫌で、ロイの手助けなど不要と嘯く父親を避ける意味もあり、ロイは弟が自殺した事件の真相を探り始めるが……。
 物語も文章も、まさにクックならでは、落ち着いた足取りと沈痛な面持ちで進行する。中心に据えられる、ロイによる父親探求と明示されない和解が実に素晴らしい。たとえそれが父の最期の数ヶ月になってやっと為されたことであっても、父子は自分たちが父子であることに満足し、看取り看取られたのではないか。また、追憶と諦念の物語であるかに見せかけつつ、登場人物が《現在》を持っているという当たり前のことも力強く印象付けるのだ。終盤では絶妙なまでの光明が見られ、読後感は爽やかでさえある。とても気に入りました。