不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

モーダルな事象/奥泉光

モーダルな事象 (本格ミステリ・マスターズ)

モーダルな事象 (本格ミステリ・マスターズ)

 奥泉光の文章は非常に魅力的だと感じた。他のエンタメ作家*1と比べて漢字が格段に多いし、登場人物の内面を含め、その場面の全てを描き尽くさんと地の文が非常に饒舌。曖昧な余白を残してはならないということか、そのシーンで起きていることと、登場人物が感じたことは全て明文をもって記載されるのだ。この表現意欲には圧倒される。ただし文章自体はあくまで格調高く、無意味な扇情はない。そしてここが重要なのだが、読者が抱く感想には全くタッチしてこない。《意味》の解釈は読者に委ねられているとも言う。作者の分を弁えず「この場面で読者はこう思え」と煽ることしかできないY田M紀とは格が違います。
 本格ミステリとしては、ちゃんと着地します。確かに謎そのものは堅実路線ではあった。しかし、作者が作者なので絶対破綻すると思っていたのだが……。叢書に配慮したのかな? しかし他の部分で、イマジネーションの奔流/幻視はしっかり味わえる。ユーモアと闇が絶妙に両立してゆく(ブラックユーモアというわけではなく)のも素晴らしい。国内エンタメ小説において、今年の最重要作品の一つであることは間違いない。

*1:京極は除く。