不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ロマンティスト狂い咲き/小川勝己

 小川勝己の主人公には、自信がまるでない。ここが、ジム・トンプソンとの最大の相違ではないだろうか。
 ジム・トンプソンの主人公であれば、自信たっぷりに語る=騙ることでプライド/コンプレックスを止揚せんとしており、途中で計画等に破綻を来たして為す術なく(でも語り口だけは自信過剰のまま)破滅してゆく。ここで注目して欲しいのは、彼らは破滅を最初から予感しているわけではなく、うまく行きたいがゆえに犯罪をおこなうということであり、犠牲者は主人公の幸福追求のために生じている。
 しかし小川勝己の主人公は最初から自己評価が低く、犯罪計画は、自らの破滅を前提として形成される。要するに自棄または狂気を自覚しつつの行動になるわけで、被害者は主人公の破滅の巻き添えを食らう形で、死んだり怪我したり壊れたりする。
 『ロマンティスト狂い咲き』もまた、大筋においては同様の作風が維持されている。主人公の破綻っぷりこそが要である。なおストーリー的には、売れない作家を主人公に据えた恋愛ノワールといったところであり、虚ろだか強烈だかよくわからないファムファタルの存在感がたいへん素晴らしい。狂気に溢れているにも拘らず、切ない雰囲気が色濃く感じられるのもこの作家の真骨頂であろう。例によってファンには必読か。