不壊の槍は折られましたが、何か?

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ニッポン硬貨の謎/北村薫

ニッポン硬貨の謎

ニッポン硬貨の謎

 エラリー・クイーン論およびクイーンのパスティーシュとしては極上。《シャム双生児》に対する聡い着眼点、そして漲る説得力。青田勝とみまごうばかりの文体と、クイーン御自身としか思えない視座と視点。これらの点で『ニッポン硬貨の謎』を越えるものを探すのは困難を極めるのではないか。とにかく、北村薫による《訳注》が邪魔としか思えないくらい、この作品はクイーンそのものなのである。
 だが、ミステリとして普通に接した場合、残念ながらこの作品は失敗作であろう。クイーンは《日本》と《シャム双生児》に気を取られ、事件に介入するタイミングが遅い。また、ネタそのものの処理も若干詰めが甘い。この方向性のネタなら、更に徹底的な描出が必要だし、そもそも五十円玉二十枚に関してはこじ付けが過ぎよう。一言で説明できるようなネタじゃないと……。
 しかし、その失敗気味のネタでさえ、方向性は、明らかに後期クイーンのものなのである。実作において、ここまでクイーンの本質に肉薄した《綾辻以降》はいなかった。これに比べれば、法月綸太郎でさえ周回軌道をぐるぐる回っているだけだ。ましてや有栖川有栖など、単なる僭称者に過ぎない。小説としては微妙な評価を下さざるを得ないが、これはこれで偉大な仕事であると考える。クイーン・ファンにはお薦め。というか必読。この一作で《世論》《定説》が形成されかねないし。