不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

アデスタを吹く冷たい風/トマス・フラナガン

アデスタを吹く冷たい風 (ハヤカワ・ミステリ 646)

アデスタを吹く冷たい風 (ハヤカワ・ミステリ 646)

 独特な質感を持つ本格《テナント少佐シリーズ》四編と、奇妙な味二編、歴史本格一編で構成された短編集。
 まず、テナント少佐ものだが、やはりこの主人公の性格が鮮烈な印象を残す。彼は、クーデターにより軍政が敷かれたある共和国において、最高指導者率いる軍の指令に従うことで軍人としての責務を果たす。だがその一方、信義・信念には確固たるものがあって、国家の思惑とは必ずしも一致しない結果を、国家としても文句のつけようがない形で惹起するのだ。ミステリとしてのネタもなかなか面白く、なるほど巷の高評価も頷ける。所収四編の水準が揃っているのも見事。
 とはいえ、ミステリとして一番出来が良いのは、デビュー作たる歴史本格もの「玉を懐いて罪あり」だろう。最後の一行も洒落ておりお薦め。
 残りの二編は、奇妙な味で持ってゆく。「もし君が陪審員なら」は明らかな殺人者を遵法の精神で弁護する模様と結果、「うまくいつたようだわね」は殺人の罪を逃れようとする偽装工作を描く。いずれも皮肉で楽しめた。
 というわけで、だれた作品がない、極めて高水準の短編集かと思う。まだ割と書店にあるようだし、なくならないうちに。