不壊の槍は折られましたが、何か?

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横浜・山手の出来事/徳岡孝夫

横浜・山手の出来事 (双葉文庫―日本推理作家協会賞受賞作全集)

横浜・山手の出来事 (双葉文庫―日本推理作家協会賞受賞作全集)

 ノンフィクションを読むのは数年ぶりである。
 とにかく全編誠実に書かれていて、読んでいて心地よい。以下はそれを大前提として言うのだが、本の過半を占める裁判の経過を追う部分、ここが正直退屈。英米の裁判制度を学部生(それも一回生とか)に教える入門講座で、夏休みのレポート課題に出されてもおかしくない感じ。堅苦しいわけではないが、当然のことながら元資料は《エンタメを求める読者》なぞ想定していない。特に証言等に顕著だが、情報が生のままであり、要点は拡散し不要な部分もいっぱいである。したがって、事件の状況整理は読者に委ねられる。面倒くさかったことは事実で、もちろん徳岡孝夫は可能な限りわかりやすく書いてはくれるが、やはり限界も見える。
 しかし、総合的にはなかなか興味深い一冊であった。最終的に、ヴィクトリア朝という時代の空気が立ち現れるのが素晴らしい。取材はもちろん考証もなかなか綿密だし*1、読み応えも十分。充実した読書体験だったと言えるだろう。

*1:といっても、この手の本は最後は《推測》せざるを得ないわけで、そこは割り引く必要あり。