不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

モロッコ水晶の謎/有栖川有栖

モロッコ水晶の謎

モロッコ水晶の謎

 主人公コンビが気色悪い。特に有栖川有栖は酷く、火村火村と鼻息が荒い。そして、そんな有栖の視点からなる文章で飾り立てられた火村英生は、恐らく実態以上に気持ち悪く見えている。

 貴兄が乾きしときには我が血を与え、貴兄が飢えしときには我が肉を与え、貴兄の罪は我が購い、貴兄の咎は我が償い、貴兄の業は我が背負い、貴兄の疫は我が請け負い、我が誉れの全てを貴兄に献上し、防壁として貴兄と共に歩き、貴兄の喜びを共に喜び、貴兄の悲しみを共に悲しみ、斥候として貴兄と共に行き、貴兄の疲弊した折には全身をもってこれを支え、この手は貴兄の手となり得物を取り、この脚は貴兄の脚となり地を駆け、この目は貴兄の目となり敵を捉え、この全力をもって貴兄の情欲を満たし、この全霊をもって貴兄に奉仕し、貴兄のために名を捨て、貴兄のために誇りを捨て、貴兄のために理念を捨て、貴兄を愛し、貴兄を敬い、貴兄以外の何も感じず、貴兄以外の何にも捕らわれず、貴兄以外の何も望まず、貴兄以外の何も欲さず、貴兄の許しなくしては眠ることもなく貴兄の許しなくしては呼吸することもない、ただ一言、貴兄からの言葉にのみ理由を求める、そんな惨めで情けない、貴兄にとってまるで取るに足りない一介の下賎な奴隷になることを――ここに誓います。
 by 闇口崩子ネコソギラジカル』より

 《貴兄》を刺してならともかく、《貴兄》を見守って陶然としながら、大筋において以上とほぼ同内容のことをつらつら感じている有栖川有栖(34歳男性、自由業)には、圧倒的な生理的嫌悪感を抱かざるを得ない。他の面でも、地の文は細部の一々が気障で苛立たしい。殺人が悪だと言いたいなら、一度でいいからネロ・ウルフとアーチー・グッドウィン並みの毅然たる態度を表現してみたらどうなのか。カッコつけた正義はムカつくほどに嘘臭い。そして、これら小説の大半を覆う負の要素の前には、小粒でもピリリと辛いネタや巧妙な組み合わせなど塵あくた。私とこの作家、もう終わりかな……。