不壊の槍は折られましたが、何か?

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赤い竪琴/津原泰水

赤い竪琴

赤い竪琴

 津原泰水は、どちらかと言えば幻想小説家であり、アブノーマルな情景と情感に溢れた作品ばかり書いているようなイメージがある。ところが『赤い竪琴』は様子が違う。もちろん文章は繊細だしそこに添えられる詩情が美しいのは変化なしだ(ただし人によって好みに反する可能性はある)。しかしその一方で、今回は何と、普通の恋愛小説なのである。装丁が非常に思わせぶりだし、その内血の雨でも降るのかと最後まで構えて読んだが、終始とても純な恋愛ものであり続け、いやはや最後は感動する人だって出て来るだろう。
 確かに細部の一言一句まで、「津原泰水が恋愛小説を書いたらこうなるだろう」という仕上がりであり、紛れもなく津原泰水の作品であることはわかる。しかし、どう言ったらいいか、この人もっと邪悪な作家かと(勝手に)思っていたので、意外であった。

 なお、作品の出来等に関係はない(と私は思うが、違う意見の人もいるかもしれない)が、冒頭のスカートを穿いている旨の描写がない限り、一人称の主人公が女性だとわかる読者は僅少ではないか。文章があまりにもいつもの津原泰水なので、一瞬、語り手が女性である可能性を思料できなかったのである。そしてそれでもなお、良質の恋愛小説をものせる力量は素晴らしいと思うのだが、気になる人は気になるだろう。