不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

やさしい死神/大倉崇裕

やさしい死神 (創元クライム・クラブ)

やさしい死神 (創元クライム・クラブ)

 落語シリーズ第三弾。短編集に戻っている。全編寄席のシーンで始まるが、これがいずれもなかなか印象的で、物語への鮮烈な導入部として有効に機能している。門外漢に落語を魅力的に見せることにかけて、大倉崇裕北村薫の例のシリーズを越えているのではないか。
 物語本筋を見ると、北村薫同様、人情との絡みがうまい。ただし描く内容は微妙に異なる。北村薫は結局、人生の揺らぎを描き、人間の醜悪な側面にも筆を割く(もっとも、醜悪な要素は全て、ピュアな《私》に拒絶され、悪は悪であるとしか記されず、深くは描かれない。シリーズの限界を感じさせるが、それが弱点かどうかはまた別の話だ)。しかし大倉崇裕はここで、安定的な人の交流を描いている。ヒロインの緑を元気で快活な性格にしているのも、物語の完成度を上げるためには有効だ。高田崇史の《QEDシリーズ》において、奈々が果たしている役割に近い。作品世界に安定をもたらしているのだ。一々驚いてくれる純真なヒロインって、使い勝手良さそうだし。
 ミステリとしての出来も上々(水準が一定に保たれているのも高ポイント)。というわけで、軽いミステリが読みたいけど《きみとぼく》うざい、という方にはお薦め。
 なお、どうでもいいことだが、フォントがでかくなっていた。前作は字がびっしり詰まっており、見た目で稠密な印象を増幅させていたわけで、個人的にはあっちの方が好み。