不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ネフィリム/小林泰三

ネフィリム 超吸血幻想譚

ネフィリム 超吸血幻想譚

 皮肉に満ち満ちたトリックスター的作家と言えば、アントニイ・バークリー殊能将之らが反射的に頭に浮かぶ。グラディス・ミッチェルや倉阪鬼一郎もそんな感じだと思う。恐らく彼らは根本的に何も信じておらず、全てに対して斜に構え、読者はおろかジャンルや小説そのものさえ愚弄・翻弄する。それこそニャルラトホテプのように。
 東野圭吾西澤保彦も、嫌味に満ちた作品を書いているが、彼らの場合、何かを切実に信じたがっていたり、皮肉の出発点が「現実と理想のギャップ」から来る失望だったりする。その眼差しは皮相ではなく、真剣そのものなのだ。要するに《青い》というわけであろう。もちろん悪いことではなく、人としてはそちらの方が幸せだろうと思う。
 一方、バークリーら四名は、ほとんど常にニヤニヤしたまま、悲劇だろうが喜劇だろうが、その滑稽さを物語の主眼にすえる。そして、読解力や知識に欠ける読者を馬鹿にするネタを、随所に埋め込んで楽しむのだ。まさに曲者。

 小林泰三も、皮肉だけで小説を書ける素晴らしい作家である。しかし今回は、何やら普通の吸血鬼小説。各所のグロ描写に片鱗を見せるが、これも彼のベスト・フォームではない。ネタの詰め込みも珍しく弱い。『AΩ』みたいなのを期待していたのだが。
 続編がありそうなので、変なことはそちらでやるつもりなのだろうか。それとも、私が何か致命的な読み落としをやったのだろうか。相手は小林泰三であり、決して安心できないのである。