不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

百面相役者/江戸川乱歩

江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者 (光文社文庫)

江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者 (光文社文庫)

 見世物小屋の叙情が感じられる短編。それ以外は特段の長所も感じられず、かといって短所もない、そこそこの作品である。興味深いのは例によって作者自身のコメントだ。

《実に荒唐無稽な筋》
《極端に奇怪な思い付きを書いて、しかし、それが実際にはありそうもないことだから》

 乱歩は「百面相役者」の題材を、実際にはあり得ないと考えている。そして作品の描き込みも、それに準じて甘くしたのだという。しかし現代の作家ならば、同様の思い付きから大長編をものすだろう。しかもそれらは「リアルだ」と賞賛され、1大ジャンルを築き上げるかも知れない。映画化された暁にはアカデミー賞を受賞し、主演男優及び主演女優の、名優としての評価を決定付ける可能性さえある。
 もちろん、乱歩は現代人ではない。大正の御世にデビューを飾った古代人に過ぎぬ。だから単純比較はできないが、もっと踏み込んでいてくれたらなあと残念な思いに駆られる。実作家がひよっていては何も生み出さない。時代の先駆けとなるチャンスが、そこには確かに転がっていたのである。もちろん、このネタだけをもってバッファロー・ビル或いは更なる上位存在を先どったとは主張不可能である。しかしその片鱗・端緒はあったはずで、そこをいともあっさりスルーしているのが悔しい。
 幼少期、明智と二十面相と少年探偵団に胸躍らせた一人として、私は乱歩に最高の作家であって欲しい。しかし読めば読むほど、作品水準が決して高くないことに気付かされる。その焦りが、私にこのような無茶な想念を呼び込むのだ。お赦し願いたい。