十八の夏/光原百合
- 作者: 光原百合
- 出版社/メーカー: 双葉社
- 発売日: 2004/06
- メディア: 文庫
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爾来、私は光原百合を意図的に回避してきた。しかしそろそろ虚心になって接する頃合かも知れぬ。協会賞受賞作が文庫落ちしたこともあり、遂に読んでみた。
「十八の夏」
……参りました。これほどの正統的文書が書けるとは思ってませんでした。情感豊かに描かれる、信也と紅美子の出会い、そして……。ミステリ的なサプライズを用意しつつ、叙情性を見事に小説に組み込んでおり、人間模様・情景いずれもが流麗に決まっていて素晴らしい。推理作家協会賞、などと言われると違和感もあるが(ミステリの味わいはそんなに強くないのだ)、良い小説であることは間違いない。
「ささやかな奇跡」
収録作の中では完成度がもっとも高い。やもめの男(こぶ付き)が、小さな書店を営む女性に惹かれてゆく。主人公が持つ、父親や男性としての優しさが前面に出ており安心して読める。子供の使い方は〈いかにも〉だが、様になっていて非常に効果的、光原百合の腕の確かさを示す。
「兄貴の純情」
演劇の道に入った兄貴の恋を、コメディ・タッチで描く作品。戯画化が行き過ぎてケレン味が出ており、他の作品と比べいびつな印象を受ける。この歪みが故意か否かは微妙なところで、長所・短所どちらとも判断しづらい。とはいえ、悪い作品でないことは確実である。
「イノセント・デイズ」
他の三編は性善説に依拠する作品群であった。いい奴ばかり出て来る。
しかし「イノセント・デイズ」では、狂気や悪意が渦巻いている。最後に救いがある(或いはそれを予感させる)ものの、そこに至るまでの心の闇は生半可ではない。
問題は、その描写が若干しつこい。もっと整理した上でパーンと出した方が、闇をより深く描くことができた……かもしれない。少なくとも北村薫や加納朋子はそうしているし、桐野夏生の場合は、登場人物を突き放して勢い良く描き込み、シンプルかつシャープで鮮烈な印象を残す。しかし光原百合は、登場人物に対してさえ誠実であるためか、狂気や悪意を原因含めて全て書き込もうとしモタついてしまう。本来はもっといい人なんだということを何とか言おうとして、くどさを感じさせる。最後の最後で少々残念な結果に終わった。
とはいえ、総合的には、『十八の夏』は心温まる良い短編集である。広く推薦可能と思う。