不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

消えた山高帽/翔田寛

 私は寡聞にして知らなかったのだが、実在のジャーナリスト・漫画家であったらしいチャールズ・ワーグマンを探偵役に据えた、連作ミステリ。明治初期の横浜を舞台に、倭人も異人も関与する事件が綴られてゆく。

 ミステリとしては収録の六編全てが小粒だが、その分シンプルでわかりやすいし、情感も絡めてそこそこ魅せる。特に最後の「ウェンズデーの悪魔」のラストは印象的で、これについてはネタと小説の幸福な融合の一例として傑作視するに足る。ただ、他の五編に関してはネタと小説のテーマが必ずしも一致しない。ネタはネタ、話は話と各々独立している印象を受ける。
 翔田寛の作風は基本的に《謎解き&余情》であり、この不一致は気になるといえば気になる。作者は現に「ウェンズデーの悪魔」が書けたわけだし、しかもそれを最後に持って来た。連作短編集を編むならば、ラストを冊中最高の一編で締めくくりたい、これが作家の情であろう。この前提に立てば、翔田寛の志向の在り処が《謎解き》と《余情》の融合にあることは想像に難くないのだ。確かにこれは非常な難事業であり、最高の作家であっても常に成功するわけではない。翔田寛は事実上まだデビューし立てだし、今後に大いに期待したい。

 なお、「消えた山高帽」に代表されるように、人情がかっても決してべた付かないのは偉とすべきだ。さらさらと流れるように進む物語、これはなかなか良い。

 というわけで、『剣と薔薇の夏』などと比較すると、歴史の空気が作者個人の感覚で捉えたものでしかない恨みもあるが、トータルではなかなか楽しめる作品である。佳作ミステリとして、こういうのが好きな人にはお薦め。