不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

名探偵は千秋楽に謎を解く/戸松淳矩

名探偵は千秋楽に謎を解く (創元推理文庫)

名探偵は千秋楽に謎を解く (創元推理文庫)

 版元を替えての再販。

 『名探偵は千秋楽に謎を解く』最大の特徴は、江戸っ子たちの活き活きとした言動にある。本当に皆、見事なまでにちゃきちゃきである。全員が全員、落語に出て来てもおかしくない感じなのだ。ここまでお見事な江戸っ子は、この作品が書かれた当時でも、既に希少だったのではないだろうか。また殺人がないこともあって、事件はお祭り的な馬鹿騒ぎで一貫し、明るく楽しいイメージを助長する。
 もちろん私は江戸っ子ではなく、変な憧れも持ち合わせない。しかしこの江戸っ子ぶりは天晴れと感じざるを得ない。作品最大の特徴として注目すべきだ。しかもこの点に作者は間違いなく自覚的である。たとえば登場人物の職業や家業。いくら下町を舞台にしても、相撲取り・寿司屋・花火屋・牛乳屋・植木屋・豆腐屋・芸者などなど、とにかく狙っているとしか思えないのだ。そして、ここまで狙われたような生活風景が実在していた可能性は非常に低いはず。作者の実体験でもないと思う。ということは、作者は全てを想像で作り上げたことになる。作家であれば(本当は)当然のこととはいえ、やはり凄いものだ。
 ……とまあこのように考えた場合、『剣と薔薇の夏』のアメリカ社会の描写が素晴らしかったのも得心が行く。躍動と愉悦のイデアを志向するか、綿密な取材に基づいて真面目な姿勢を貫くかの違いはあるが、両作とも、素材から、実感溢れる舞台をまことしやかに創出する。この腕の良さは癖になってしまう。

 ミステリ上の作風も手馴れたもの。発想の転換を基礎として組み立てられた謎と解法は、推理の筋道としては必然的にやや強引だが、真相を隠す手並みは優れている。ロジックを偏重する読み手でなければ、じゅうぶん楽しめよう。

 というわけで、結論としては本格ファンにはお薦めの一冊。続編も同じく創元で復活するというし、とても楽しみ。