不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

鬼/江戸川乱歩

江戸川乱歩全集 第8巻 目羅博士の不思議な犯罪 (光文社文庫)

江戸川乱歩全集 第8巻 目羅博士の不思議な犯罪 (光文社文庫)

 短編。本格ミステリ。こういう時、乱歩の筆はなぜか簡素になり、割と淡々と話を進めるようになる。これみよがしのケレン味はほとんど感じられない。この雰囲気は勿論嫌いではないのだが、問題は、肝心の本格ミステリとして駄目だった場合、物語がそれに替わる悦楽を用意してくれないという点である。つまり、作品の良し悪しが、どちらかと言うと作者の不得手とする部分で決定されてしまう危険があるのだ。これは正直、作者・読者双方にとって厳しいことだろう。

 「鬼」は幸いにして駄作ではない。とある有名作品(他作家)からネタが盗られているが、他の素材とうまく組み合わせているのでパクリとまでは言わない。というかこの程度では目くじらを立てないのが常識である。
 話は簡素にして快調に進む。それだけの作品とも言うが、一つだけ付け加えると、犯人の動機と執念は印象的。これは、実際にはさらりと触れられるだけだ。しかし犯人のこの歪みこそ、乱歩がいつもの作風に戻った瞬間と思われてならず、なかなか忘れられないのである。逆に言えば、他は割とすぐに忘れてしまうような予感がしてならないのだ。事実、再読であるにも拘らず内容全く覚えていなかったしね。

 もちろん、完成度も魅力も、乱歩の作品中では特筆に価しない。ファンでなければ無理に読むこともない。