不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ラー/高野史緒

ラー (SFシリーズ)

ラー (SFシリーズ)

 勝手に崇められたタイムトラベラー・ジェディが調子に乗る物語。
 単純に書けばそれだけの話なのに、何なんだこの静けさと寂しさは。

 ジェディは調子に乗りつつもどこか醒めており、古代エジプトの神官や王族に分不相応に崇められても、過度に得意になったりはせず、ピラミッドの謎に迫れるならと敢えて厚遇を甘受している。考古学の王道に背を向けて独自の研究を続けてきた、というのも高ポイント。これが、発言や思考の厭世観を裏付ける形になるが、この雰囲気は非常に素晴らしい。
 しかし彼以上に肝心なのは、ジェディを誰かと勘違いしている神官メトフェルだろう。ピラミッド建設の監督官でもあるこの神官は、もう一人の視点人物として物語全体に決定的な影響を与えている。ネタも絡むためはっきり書けないが、彼は信仰と事実の間で惑い悩んでいる。そして最終的には、メトフェルの宗教面での思考回路が、物語に感動的とさえ言える昂ぶりと確信をもたらすのである。

 高野史緒は初めて読んだが、素晴らしい作家だと思った。他の作品も読んでみたい。