不壊の槍は折られましたが、何か?

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フェッセンデンの宇宙/E・ハミルトン

 第四弾まで出た河出書房の《奇想コレクション》は、今までのところ驚異的な高水準を保っている。この叢書はSF作家が中心だが、科学小説を目指さず、情緒面を重視する作家ばかりで編まれている。SF的な世界設定はもちろん存在するが、それ自体で魅力を放つほどには詳細に語られず、そもそも考えられていたりさえしない。ハードSFのことを、新たな世界が論理的に創造されるSFと考えた場合、その対極にいるSFが《奇想コレクション》に収められた諸作となろう。はっきり言えば、ここにあるのは寓話なのだ。従ってこれは、SFファンならずとも、小説好きならすんなり読める叢書なのである。河出書房らしい企画といえよう。

 『フェッセンデンの宇宙』もこの流れに沿う一冊だ。全収録短編が間違いなくSFだが、SFとしての設定は単純極まりなく、少なくとも科学的にはそれほど練られていない。話題のアイデアの斬新さは、個人的な意見だが感じ取れない。古いというよりも、ありきたりだと思う。しかし、そのアイデアとハミルトンの筆が邂逅して、えもいわれぬ情感を生み出している。

 表題作「フェッセンデンの宇宙」にそれは特に顕著だ。実験室の宇宙の鮮明さと、フェッセンデンのスタンスの対比。そして思いがこの宇宙に向く時の、主人公の沈鬱と畏怖。見事な小品である。
 他の作品も基本ラインは同様だが、悲しかったり惨めだったりする結末を迎えても、どこかに救済や希望があるのは特徴的。この点では「太陽の炎」が凄いと思う。普通、こういう話を書いたら結末はこうはならないって。性格的にプラス思考の人だったのだろうか。と考えると、最高傑作の呼び声高いらしい「向こうはどんなところだい?」の疲弊感と寂寥感は異例である。これはこれで素晴らしい。というか個人的にはこれが一押し。

 というわけで、幅広くお薦めできる作品。収録短編のレベルも揃っているし、「エドモンド・ハミルトン? 誰それ?」という人も怖じずに読んで欲しい。ハミルトンを知っている人は放っておいても買うだろうから、そんな方々には《奇想コレクション》の他の作品をお薦めしておきます。どれも方向性はそこまで変わらないので。