不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

紅楼夢の殺人/芦辺拓

紅楼夢の殺人 (本格ミステリ・マスターズ)

紅楼夢の殺人 (本格ミステリ・マスターズ)

 題名どおり、中国古典の舞台を借りた本格ミステリ
 当方は『紅楼夢』を読んだことがなく、『紅楼夢の殺人』を評価する正当な資格を欠く。素晴らしかったり駄目だったりしても、それが原典のせいか作者のせいかの区別が付かないためである。しかしそれに怖じず、感想を書き止めておこうと思う。

 何よりも頽廃的な雰囲気が素晴らしい。一族の繁栄・栄華・爛熟・享楽・そして軋みはもはや匂い立つほどであり、作品は一編の幻想小説の域にまで高められている。冒頭こそ慣れない中国人名の列挙に戸惑うものの、そこさえクリアすれば、あとは芦辺拓の文章の術中にはまるしかない。彼がここまで耽美的な物語を書ける人だったとは、正直まったく思っていなかった。今後は認識を改めねばなるまい。
 しかもこの物語は、上質の本格ミステリでもある。誉めるべきところは多いが、まず、用意された真相が非常に興味深い。『紅楼夢』と来れば『金瓶梅』(高校時代は必死になって覚えましたからね)、従って山田風太郎の『妖異金瓶梅』がほとんど必然的に頭に浮かぶが、『紅楼夢の殺人』はあの名作に勝るとも劣らない……と言っておけば、何となくその水準はわかっていただけるだろうか。また、不可能興味が横溢しているのも良い。被害者のあり得ない死に様は、前述の耽美的なムード及び時代設定と相俟って異様な迫力を醸す。もっとも推理の裏付けは弱くて残念だが、そんな些末事など真相が吹き飛ばしてくれよう。森江春策が登場しないのも高ポイント。この荘重なミステリの幕を閉じるには、彼は存在感が軽過ぎるのである。

 というわけで、本格ミステリを愛する者にはお薦めできる。芦辺拓としても会心の出来栄えだろう。