不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

大聖堂は大騒ぎ/E・クリスピン

 《クリスピン問答》と題された真田啓介の解説が興味深い。『お楽しみの埋葬』をこの作家の最高傑作とする人、つまり私と同意見の人は初めて見たわけで、その意見は個人的には参考にすべきと感じた。もっとも、オンオフともにクリスピンについて深い話をした記憶がないため、知人の中にも実はいたりするかもしれない。普通にミスヲタをやっているだけでは、たとえ仲間内でもエドマンド・クリスピンについて熱く語れる場にはなかなか出くわさない。残念だが、どうしようもないことかも知れぬ。洋物しかも高価、んなもんどうやって広く読ませるんだ?

 『大聖堂は大騒ぎ』自体は残念ながら傑作クラスとは言いかねる。ファースの味付けも、この作家ならもっと上を目指せるはずだ。それでも各所でニヤリとさせられるのはさすがで、悪意なきアイロニーの数々は非常に素晴らしい。世相を反映したシリアスな骨子を持つにも関わらず、何処となくお馬鹿な味わいがあるのもこの作家らしい。個人的には、フェンがアプルビイへの対抗心を燃やす数行が特に楽しかった。もちろん、こんな所で喜んでいては惰弱の謗りを免れない。読み手としてのボトムラインは遥か上方。申し訳ない。
 ミステリとしての出来は……まあ普通なんじゃないでしょうか。軽いが悪くないネタだと思う。長編向きかと言われると首をひねるしかないが、物語面でカバーしているから、問題視するほどではないだろう。

 というわけで、ファンにはお薦めしたい一冊。クリスピン入門には他にもっと適当なのがあります。