不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

サンセット・ヒート/J・R・ランズデール

サンセット・ヒート (ハヤカワ・ノヴェルズ)

サンセット・ヒート (ハヤカワ・ノヴェルズ)

 竜巻で家が吹き飛ばされそうになる中、夫ピートに暴行されていたサンセットは、遂に彼を射殺する。こんな衝撃的なシーンから幕を開けるこの物語は、ランズデールが久々に弾けてくれた作品である。これは、『ボトムズ』『アイスマン』『ダークライン』での(素晴らしくも)淀んだ物語ではない。時代設定こそ大恐慌時だが、あくまでも現在進行形で語られれる物語はスピード感に溢れている。

 とはいえ、ハップ&レナード・シリーズのような〈自我を確立した強き人々が愛と正義を熱く希求する〉物語ではない。かの冒頭から予見はされるが、この物語は要するに、夫を射殺したのを契機に覚醒したため、自我を再整備する必要に迫られた一人の女の物語である。彼女に向ける作者の視線はどこか醒めており、また登場人物もほとんどがどこか醒めている。そして、醒めながら皆どこかおかしい。何かが狂っている。この不気味さは絶妙であり、物語の渦に有無を言わさず読者を巻き込む原動力となっている。
 こうした感触はランズデールにあってさえ『テキサス・ナイトランナーズ』ぐらいでしか出していない。当然だが他のミステリ作家でもほぼ見受けられず、非常に貴重なテイストを醸す。しかもプロットは整然とし、サプライズも用意されているとあっては、読まねば損というものだ。完成度の高さ、登場人物の奇矯さ、格調の高さ、ストーリーの怒涛度、サスペンスの強度、善悪や倫理の突き詰め方など、いずれもランズデールの中でも最高水準を行く。個人的にはこの作家最高の一作と考える。
 というわけで、ファンは必読。ミステリ・ファンにも、ランズデールの異才振りが遺憾なく発揮された名品として、広くお薦めしたい。