不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

名探偵 木更津悠也/麻耶雄嵩

名探偵 木更津悠也 (カッパ・ノベルス)

名探偵 木更津悠也 (カッパ・ノベルス)

 短編が四つ収められている。事件の謎と真相は本格として非常にまっとうであり、たいへん手堅いと言える。本格ミステリ特有の思考回路が存分に楽しめる(ロジックが凄いと言っているのではなく、トリックそのものやネタの使い方がいかにも本格だ、ということ)。さはさりながら、麻耶雄嵩という作家の実績から考えれば、「まっとうな事件」ということそのものが読者の不満を呼ぶとは理解できる。だから苦笑するだけに止めよう。ただしその人が天城一を絶賛する場合は、ちょっと納得できないものを感じるが。

 話を麻耶雄嵩に戻そう。
 本作最大のテーマは〈ホームズとワトソン〉である。これに比べれば他の要素など彩りに過ぎない。

 『翼ある闇』を読んだ方にとって、木更津悠也を単純に名探偵と片付けられないことは自明である。助手役の香月実朝も、ワトソン役として単純に処理できない。今回、麻耶雄嵩はその点を更に掘り下げている印象を受ける。しかし同時に、(小説的な)肝心要の部分を曖昧に放置する作風も健在だ。以下ネタバレ。
木更津はどこまで気付いているのか? 彼は本当に香月以下の推理力しか持たないのか? ひょっとして、全部わかった上で香月に付き合っているんじゃないのか? あるいは、能力とはいったん無関係に、資格的な部分のみからホームズを自覚的に演じ、香月にワトソン役を演じさせているのか?これ以外にも、色々な意見があろう。多様な解釈を誘発しつつ、この一冊は読み終えられてしまう。「名探偵について考えさせられました」などと言うとアホの極みだが、本格ファンたるもの、やはりこの大テーマには考えさせらるのである。
 ずるいのは、これも一種のネタなのだから、WEBなど公開の場で大っぴらに意見を公開したり、議論したりできない点にある。先述した〈食い足りなさを指摘する〉向きのサイトも、恐らくはこの作品を読んで名探偵/助手の関係性に思うところ色々あるはずだが、この制約のためどの程度考えておられるのかさっぱりわからん。もちろん、投げかけられたテーマを思いっきりスルーしている人もいるだろうが、さすがに少数派だと信じたい。