不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

天使の殺人/辻真先

天使の殺人[完全版] (創元推理文庫)

天使の殺人[完全版] (創元推理文庫)

 辻真先も凝る人だ。
 本格ミステリとは何かを知悉していなければ無理な、珍妙な謎と仕掛けのもつれ合い。しかし小説の内容自体は軽いことが多く(正確に言うと、重い話でもできるだけ軽く書こうとする)、登場人物のノリは基本的に軽く、メタ構造を持つ作品も頻出するのに、非常に読みやすい。

 『天使の殺人』もそのような物語だ。一読二嘆、三嘆。よくもこういう話を考え付くものだ。先鋭的にして実験的。登場人物の、軽薄勝った会話と言動も、相変わらず独特な印象を与えている。辻ワールドとしか言いようのない世界は、他では絶対に得られないものだ。本格シンパは必読の作品だと思われる。

 なお戯曲ヴァージョンも収録されているのだが、小説版とはかなり違った形でこれまた凝っている。相も変わらず、本格シンパには必読なのだがそれはともかく。……小説版と比較して思ったのだが、この人、演劇の台詞回しを小説に導入しようとしているのではないか? 実は、振れ幅の大きな人が多いな、といつも感じていたのだが、戯曲の中ではしっくり来る。なかなか興味深い現象であると思う。これ、辻真先の出自に理由を求めていいものだろうか?