不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ナイロビの蜂/J・ル・カレ

ナイロビの蜂 上 (集英社文庫)

ナイロビの蜂 上 (集英社文庫)

ナイロビの蜂 下 (集英社文庫)

ナイロビの蜂 下 (集英社文庫)

 ル・カレの文章は硬質で乾燥しており、かつどうやらスムーズに訳すのがなかなか難しいようで、英語の構文そのものという感じで訳出されることが多い。事実や状況を間接的に示唆する手法も多用される。しかも近年は妙な軽みまで加わり、一瞬でも気を抜くと意味が取れなくなる。とにかく斜め読みなんて絶対無理。読者には最高の集中力が要求されわけで、読み応えの塊なのである。私はいつもこの文章だけでお腹いっぱいになる。
 今回も同様。ゆえに『ナイロビの蜂』は傑作。

 個人的感想は以上で終了だが、これだけではあんまりなので以下に蛇足を。
 今回ル・カレは、メインテーマに医薬品メーカーの倫理・利権問題を据える。要するに諜報活動云々ではないのだ。従来、東西冷戦とその遺産を中心に作品を回してきたル・カレにとって、これは思い切った転換だろう。人間ドラマも、素晴らしいの一言。特に、亡き若妻の軌跡を追って陰謀に迫る夫の姿は、亡き妻との対話と融和のようで最高にやるせない。
 ル・カレの数多い傑作の中でもかなり上の方にランクされる作品であることは間違いない。ファンは絶対に必読であろう。ル・カレを神と崇める私にとっては、無論年度ベスト候補です。