不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

死の序曲/N・マーシュ

死の序曲 (ハヤカワ・ミステリ 476)

死の序曲 (ハヤカワ・ミステリ 476)

 黄金期の英国本格を体現するような、格式を大いに感じさせるミステリ。

 マーシュを読んだのは初めてだが、これはいい。舞台は田舎、しかも村人出演の演劇中の殺人となれば、コージー化するのも可能だったはず。しかしマーシュはひたすら真面目に、オールドミスという存在を軸に、重い話を展開する。皮肉な視点という「余裕」さえ拒み、作者は深刻な人間ドラマに肉薄するのだ。さすがにP・D・ジェイムズほどではなく、たとえば難解さ・晦渋さはまったくないが、誠実さに溢れる文章からは、それゆえの悲劇性、残酷性が際立つ。ミステリ的なネタも堅実なもので、単体で取り出せば確かに大したことないが、物語には合っている。こういう話で大トリック出されても、ねえ。

 というわけで、オールタイムベストに入れよう、などとは思わないが、これはこれで忘れがたい作家だと思う。更なる紹介を望みたいが、地味なんで、まず無理だと諦めるしかあるまい。