不壊の槍は折られましたが、何か?

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暗黒大陸の悪霊/M・スレイド

暗黒大陸の悪霊 (文春文庫)

暗黒大陸の悪霊 (文春文庫)

 前作『髑髏島の惨劇』は評判倒れだったように思う。同じように感じた読者も多いようで、次作が出ても見送る予定の人は少なくなかったはずだ。しかし出版社は、『暗黒大陸の悪霊』の解説に法月綸太郎を当て、本格ファンの興味をつなぐ戦法に出た。

 この解説がなかな良いのだ。彼はここで、このシリーズはカナダ警察のスペシャルXというチームを舞台とした大河小説であり、オタク的な知識を大量に詰め込んだ、ごった煮ミステリなのだと説く。エラリイ・クイーンを無理矢理持ち出すなど、本格馬鹿としての顔も見せるが、大まかなところでは正鵠を射た解説が展開されており、読み手の指標となっている。私は今回、以下のようなスタンスで挑んだ。

  1. キャラ中心に読む。(萌えるわけではない。念のため)
  2. オタク的なペダントリーをそれ自体として楽しむ。
  3. 本格云々は基本的に頭の中から追い出す。

 こうすることで、面白いほど印象が変わった。情報量は確かに多いが、如何せん、いかにもオタクが書いたような文章に拠っているため、普通の感覚で読むとうざいしキモい。従って、若干退いた視点から、「こんなこと書いてるよプッ」という邪悪なスタンスで臨むのが、最も望ましい成果を得られよう。現に非常に楽しめた。また、大河小説の常として、この作品もまたキャラへの興味を前提とした書き方が見られ、その読み方を完全に排除するには、スレイドの筆はあまりにもオタク臭くB級に過ぎる。素直にキャラ読みに徹して、彼らの波乱万丈振りにに一喜一憂した方が絶対に楽しい。

 で、『暗黒大陸の悪霊』は、前作以上に多くの要素が、滅茶苦茶に詰まった小説である。サイコ&警察&リーガル&秘境冒険&戦記&本格。ざっとこんなもんであり、これに加えて科学捜査&人種差別の要素も加わるという、もはや何が何だかよくわからない、混沌とした様相を呈す。無駄に愛国的だし。ストーリー展開も、大量の枝葉末節があり、場合によっては本筋が霞んだりする。その荒唐無稽さ自体を楽しむ余裕を持たないと、ただの駄作なんだろうなこれ。話題の〈フィニッシング・ストローク〉だが、今回はうまく決まっている。犯人の正体はともかく、誰も気付かないよそんな伏線、という感じで笑えた。

 いずれにせよ、全てにおいて徹底的かつ致命的にB級なので、人に薦めるときは気を付けましょう。