不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ミラノ・スカラ座《オテロ》

 NHKホールで聴いたのだが、相変わらずこのホール響き悪いねえ。歌手がどっち向いてるかで、聴こえ方あまりに変わり過ぎ。

 しかし内容の方は、あらゆる意味で「まとも」であり、満足した。一番良かったのは、イアーゴ役のレオ・ヌッチ(バリトン)であろう。御歳60なわけだが非常に元気で声も美しい。そして何よりも、歌い口がかっこいい。演技の方もうまく、気品ある(←超重要)悪を、最上級の手堅さで、聴覚視覚両面から楽しませてくれた。特に第二幕は凄かった。あれこそバリトンを聴く醍醐味。
 ムーティ指揮のオーケストラも素晴らしかった。本当に星空に消えてゆくようだった第一幕の幕切れを、私は当分の間忘れないだろう。オテロ役(クリフトン・フォービス)も予想以上。力強くも丁寧に歌っていて、好感をもった。第二幕から第三幕にかけ、嫉妬という毒が回り殺人へと漸近する様子を、フォービスは丹念に描いていた。古来、《オテロ》はヴィナイ、デル=モナコドミンゴなどの「イッちゃってる」系の歌手が得意としてきた経緯があり、やけにエキセントリックなイメージを確立してしまっている。そういう中、それらとは全然違う方向性のオテロを示したにもかかわらず、ウィーンで、そして東京で喝采を浴びたフォービスは、今後注目されて良い歌手だと思う。

 一方、唯一不満だったのはアンドレア・ロストのデズデモナ。この役の見せ場である第四幕こそ上々の出来だったが、それ以前が問題。ていうか声出てねえよ。特に第一幕、このオペラ唯一の愛のデュエットで、フォービスの足を引っ張っていた。残念なり。

 総合的には、オペラの楽しみを充分味わえた公演であった。金など問題ではない。コンサートに行く行かないはオールオアナッシングであり、買えるしスケジュールも何とかなるなら、行くべきなのである。