不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

サウンドトラック/古川日出男

サウンドトラック

サウンドトラック

 『サウンドトラック』は、外国人排斥運動が盛んな東京をその主要な舞台とする。(ただし、前半は同じ東京でも小笠原諸島だったりする)時代は2009年に策定されている。むろん近未来ものであり、現実社会とはかけ離れた設定が多々見られる。最初のうち、物語は我々が知る東京の延長線上にいるものでしかない。しかし徐々に変な要素が忍び込み、話の後半、世界は現実のそれとはかけ離れてしまう。そこまで「少しずつ」持ってゆくストリーテリングの手腕は、実に見事であり賞賛に値する。サバイバーな少年。踊る少女たち。ジェンダーを固定しない少女。そして烏。魅力的な登場人物やエピソードに彩られ、印象的なシーンは実に多い。ただ、『アラビアの夜の種族』と違い、「だからどうした?」と冷たい想いが湧き出るのを禁じ得ない。筋とテーマ双方が終始茫洋としているのは致命的。そしてそのまま小説を支えるには、古川の文章は(個性的だが)余りに単純。作者はこの小説で何がやりたかったのだろう? まさか青春とか言い出さないよね?

 この種の粗筋なら『阿修羅ガール』の第一部の方が個人的には好みだし凄いと思う。などと他者比較をし、私の馬鹿さ加減を見せ付けることで、作者とファンへの安心材料としたい。