不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ヴードゥー・キャデラック/F・ウィラード

ヴードゥー・キャデラック (文春文庫)

ヴードゥー・キャデラック (文春文庫)

 発育が遅れたままになっているとしか思えない金持ちから、リストラされた老スパイが金を騙し取ろうとする。最終的には金を独り占めするつもりなので、計画の協力者には愚か者しか選ばずに。だがひょんなことから、チープではあるがマヌケとは言い切れない三人組が事件に介入して来て、計画は妖しく狂い出すのだった……。

 戸梶圭太推薦、という時点で物語の傾向は予想できる。で、その予想は裏切られなかった。とにかく安い事件である。登場人物も皆安いし。ただし誤解してはならないのは、作者自身の創作能力は断じて安くないということ。彼はチャプターをかなり短く区切ることで、非常に小気味良いストーリー展開を実現した。問題は、そのこと自体ではなく、その中で何が実現されているかだが、ここで作者はいい仕事をしている。登場人物の性格やら情感やらが、さりげない一言や一挙において、一瞬一瞬に印象的にきらめいているのだ。軽い読み物という、多弁はどうしても弄せない制約の中、作者は適切な人物・場面描写をやってのける。センスの良い作家にしかできない芸当である。

 というわけで、かなり楽しめた。ただ、割と早く飽きる予感もひしひしとする。目新しいネタを発掘し続ければ、面白い作家だと思う。