不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

鉤/D・E・ウェストレイク

鉤 (文春文庫)

鉤 (文春文庫)

 売れている作家が売れてない作家に、お前の作品俺の名義で出して利益折半するから、代わりに俺のウザイ嫁さん殺してくんない?と持ちかける。

 正確に言うと謎を解くミステリではなく、一種の心理劇である。しかも皆さん微妙変。殺人は成功したのに、以降どんどん調子が狂って来るベストセラー作家の内面描写は、創作上のスランプとして発露することもあってか作者の筆が冴え渡る。しかも、自分で妻を殺してないから殺す気分がどんなのかわからん、と悶々。一方で、殺しを持ちかけられる売れない作家の方は、殺っちゃたのを契機になぜか人生色々うまく行き始めてハッピー。単純に喜び、感謝し出す始末。
 彼ら以外の登場人物もおかしな方々が多い。
「殺し依頼されたんだけど」「やれば?」と言う、売れない作家の妻。
「実は嫁さん殺させちゃった」「マジで?」で済ます、ベストセラー作家の前妻。

 このような個性的な登場人物たちが織り成すドラマは、当然のことながら一筋縄ではいかない。この手の依頼殺人にありがちな展開は見受けられない。そして、これはこれで様になっていて読ませるのだ。傑作と言い切って構わないと思う。

 なお、中盤は殺人のことが脇に追いやられ、エラリイ・クイーンとか岡嶋二人とかの仕事場を見ているかのような、創作を巡る興味深いやり取りが交わされる。この中盤、ウェストレイク自身の創作手法も開陳されているように思われる。舞台裏を覗き見るようで興味深い。ウェストレイクのファンはある意味必読かも。