不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ブラック・ウォーター/T・J・パーカー

ブラック・ウォーター (ハヤカワ・ノヴェルズ)

ブラック・ウォーター (ハヤカワ・ノヴェルズ)

 美しい妻グウェンと共に、身分不相応な邸宅に住む保安官補、アーチー・ワイルドクラフト。だがその幸福そうに見えた生活は、悲惨な結末を迎える。グウェンは浴室で射殺され、アーチー自身も頭を撃たれて重篤な状態で発見される。現場は、アーチーがグウェンを殺した後、自殺したかのような様相を呈していた。経済的に追い詰められたか嫉妬に狂ったかして、アーチーが無理心中を図ったのか?だがオレンジ郡殺人課の巡査部長、マーシーレイボーン(♀)は釈然としないものを感じ、無理心中説で押し切ろうとする検察・マスコミに抗い、更なる捜査を敢行するが……。

 『サイレント・ジョー』『凍る夏』と同様、静かな語り口で愛とは何かを描き出す作品である。特に亡きグウェンを想うアーチーの描写(彼は意識を取り戻し、姿を消す)は印象的。頭に銃弾が残っている状態で、思い出炸裂モードで語られるそれは、良くも悪くも夢見心地であり、だからこそグウェンを熱愛するアーチーの「必死さ」が見て取れ心が痛むのだ。また、主人公マーシーの〈愛〉も丹念に描かれていて良い。亡夫、息子(二歳)、父、別れた恋人、仕事のパートナーなど、様々な人への想いが交錯し、彼女の心は揺れる。

 以上二名の描写が非常にうまく、作品の読み応えの大半を担う。捜査する側とされる側の繊細な人間模様は、事件の印象が薄くなるくらい、魅力たっぷりだ。ただし、結末はナニがアレ。作者は真剣なのだろうが、あまりにも滑稽な情景だと思う。

 なおマーシーは、女性刑事からイメージされる、「女性の」悩みや気張りが皆無で、普通に刑事をやっている。これは非常に高得点。ぶっちゃけうざいんだよな、ああいうの。