不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

塩沢地の霧/H・ウェイド

塩沢地の霧 世界探偵小説全集 37

塩沢地の霧 世界探偵小説全集 37

 とりあえず、後輩KT氏のリクエストには、サブで挙げられた「『塩沢地の霧』の感想を書く」でお茶を濁します。本リクエスト「リアル獄門島へGO」は私としても是非実行したいので、またいずれ報告する機会もあろうかと思います。ただ、船の時間もあって「本当に会社休める」「早起きできるほど余力もある」「お天気」等の条件がそろわないと、行ってもあまり意味がないでしょう。どうせ行くなら色々調べまわりたいし。

 『塩沢地の霧』だが、ミステリとしてはあまりにも単純過ぎる。ここまで何もないと、作者としてもどの程度本気でミステリを志向したのか怪しい。ただし小説としては見るべきところが多い。磐石だった夫婦関係が、色々な小さい理由が積み重なり、徐々に不安定になってゆく様は見事。田舎の人間関係を的確に捉えているっぽいのもいい感じだし、被害者の内面描写もなかなかうまい。

 ……しかし、この小説ははっきり言って古びているのだ。全般に古色蒼然。うまい作家ではあるが、このうまさ自体に時代しか感じられない。世界探偵小説全集という、叢書本来の意図を鑑みればこの作品を所収することにも意味はある。だが現代の普通のミステリ好きは、あえて読まずとも良い本だ。国書刊行会に対するお布施という意味合いが、私には強く感じられた。