不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

凍る夏/T・J・パーカー

凍る夏 (講談社文庫)

凍る夏 (講談社文庫)

 『サイレント・ジョー』以来なんとなくこの作家が気になっていたので他の作品にも手を出してみた。シリアルキラー/昔の女とのドロドロした三角関係(複数)/妻の闘病記/父娘と母娘などなどがごちゃごちゃになって進むストーリーは非常に面白い。しかしごちゃごちゃとは言えそれぞれは非常に叙情的な筆致で描かれる。特に脳腫瘍を患う妻との件は、こういっては何だが非常に美しい。恐らく思い出の中で美化された過去と病と介護の日々という過酷な現在との対比は、読者の印象に一番強く残るはず。普通ならメインとなる連続殺人鬼がもっとも扱いが軽く、「キティが人をやたらと殺すサイコもの」という先入観は決定的に裏切られる。なお、ストーリー展開は意表に富み、読者の予想を裏切りまくる。読者を振り回す《力》に満ちたのを書くタイプだとは思っていなかっただけに意外だ。
 でも語り口の基調はウェットで『サイレント・ジョー』の作者なんだなと思わせるに十分。おセンチに陥っていないのも相変わらずで非常に好み。

 というわけで、傑作だと思う。お薦めな一冊である。なお個人的には、初めて出くわした講談社文庫海外の傑作という位置づけとなり、たいへん感慨深い。