不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

犬神家の一族/横溝正史

犬神家の一族 金田一耕助ファイル 5 (角川文庫)

犬神家の一族 金田一耕助ファイル 5 (角川文庫)

再読。ただし、メイン除いて内容あらかた忘れていた。

最高の「和風本格」である。
太平洋戦争の爪跡を文字通り残しつつ、揺れる田舎の名家で巻き起こる殺人騒動は、不思議に絵空事な気がしない。この物語は、遺族の遺留分という法の規定を無視している。こういう基本的なところからも、色々と瑕疵のある作品である。しかし、「死」という「手の届かない場所」から発した意思が深く影響するという構図、これは非常に魅力的だ。これを最大化するために、横溝正史はあえて日本の民法を無視したのである……なんてのはさすがに贔屓の引き倒しか。やっぱ、知らなかっただけなんだろうなぁ。経歴読むと二十台からミステリ一筋、非常に不健全な人生歩んでいらっしゃいますから。リーマンはそれ以上に不健全ですが。
なお、この死者の意思、『高い城の男』とかとは異なり(ていうかあっちは死んでないけど)、その意思はまったく隠されず、「いいの?」と思うくらい臆面無く、あからさまに描かれている。こういう面に、私は戦前の探偵小説の影を見る。別に悪いことではなく、恐らくは好みの問題でしかなかろう。私は、こういうのも好きだ。

ミステリとしても、非常に良好な出来になっている。ロジック性が若干弱いが、うまいと思うのは、クリスティーと同様、弱い箇所を巧妙にぼかしている点であろう。そして、他のところ、つまり長所に読者の目を行かせるように、うまく仕組んでいるという印象。実力のある作家だったのだと思う。下手糞な作家だったら、これ無理だからな。