不壊の槍は折られましたが、何か?

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割れたひづめ H・マクロイ

割れたひづめ 世界探偵小説全集 44

割れたひづめ 世界探偵小説全集 44

 パズラーとしての完成度は『カナリアと家蠅』に及ばないが、それなりに読ませる本格。マクロイ本来の持ち味は、錯綜した人間関係から派生した謎とサスペンスだ。伏線を緊密に張ってどうこうというのは、マクロイの一面でしかない。そこは肝に銘ずべきだろう。

 で、『割れたひづめ』だが、素晴らしいのは子供たちの描写である。
 普通、視点人物に餓鬼を充てた場合、その部分は変に明るくなりがちだ。話がどう転ぼうと、子供たちは活き活きと描かれる。「子供=無邪気」という図式は、小説界の常識なのか?
 『割れたひづめ』で活躍する二人の子供は、この「ご多分」に漏れる。事件は、静かな雪の山荘で起きる。オカルティックなエピソードはふんだんに盛られているが、話の雰囲気は終始静的である。その静けさが逆に不気味。
 で、子供たちも、この静けさを「破らない」のである。客観的にはかなりの活躍(=悪戯)をしているにも拘らず。特に、山荘の住人であるルシンダは興味深いキャラクターだ。
 ルシンダは継母と致命的にうまくいっていない。よくある「継母の優しさを頑なに拒む子供」なんていう能天気な設定ではない。マクロイは冷酷に、継母と娘を絶対に相容れぬ存在として対置させる。すれ違いの哀しさ、なんて悠長な状態でさえない。表面はどうあれ、心の底ではお互いを憎み合う二人。実に醜い人間模様。そしてそれは、ルシンダ自身も醜く描かれているということである。
 隣家の少年ヴァーニャにはこれほどの葛藤はない。しかしそれでも、単純に活発な少年とは言えない。彼の母親に対し、マクロイの筆致には嫌悪感が滲み出ているが、息子の方も母に対し同じ思いを抱いているような……。
 こんな二人の関係は友情でも愛情でもなさそうな印象を受ける。『GOTH』の二人の関係、とまでは言わないが、どこかで何かが共通している。

 この二人が仕掛ける悪戯は、主に二つ。

  1. ポルターガイスト騒動を起こす
  2. 偽の手紙を用意して、捜査陣にヒントを与えようとする

 いずれも、それだけ見れば非常に餓鬼っぽいし、本人たちも深く考えているわけではない。しかし、何だか暗いのだ。悪戯と言うのは確かにワクワクするものだが、同時に秘め事であり「心の闇」から出て来るものでもある。マクロイは後者を思い切りクローズアップする。このような志向こそ、マクロイの作家性そのものであろう。