不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

そして赤ん坊が落ちる/マイクル・Z・リューイン

そして赤ん坊が落ちる (ハヤカワ・ミステリ文庫)

そして赤ん坊が落ちる (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 ソシアル・ワーカーのアデル・バフィントンが事務所で残業していると、大男が窓から侵入してくる。彼はアデルをおとなしくさせておき、何件かのケース・ファイルのコピーを取り、去って行った。……ほどなく、幼い子を連れた若い母親が失踪するという出来事が連続して起きる。失踪前から、彼女たちの生活は何処かおかしかった模様だ。これには何か裏があるのか?
 アルバート・サムスンとリーロイ・パウダーを兄弟たらしめたアデル(アルバートの恋人)を主人公に据え、小さな子供がいる問題ある複数の家庭とその背後に潜む深淵を、リューインにしてはユーモアを抑え気味の筆致で、手際よく描き出す作品。主人公のアデルが非常にまともな性格をしているためか、ストレートな推理小説として読める。彼女の娘ルーシーとの交流も印象的で、アルバート・サムスンはやはり外部視点から描くとなかなかカッコいい。
 相変らずとても読みやすいし、ミステリとしても纏まっている(ただしそれ程手が込んでいるわけでもない)。またもや広くお薦めしやすい良作と言えるだろう。

遺す言葉、その他の短篇/アイリーン・ガン

遺す言葉、その他の短篇 (海外SFノヴェルズ)

遺す言葉、その他の短篇 (海外SFノヴェルズ)

 好みど真ん中で俺撃沈。そんな感じの傑作短編集であった。ハードSFではなく、幻想小説寄りの作品が大半を占める。しかし、筆致はとても丁寧で、極めて読みやすいが、手塩をかけて練り、磨き上げたと思しい完成度の高さを誇る。情景の一々(何でもないシーンすら!)も実に印象的。さすがに超寡作家だけのことはあると思わされた。
 企業小説版『変身』であるところの「中間管理職への出世戦略」、現代史への皮肉である「アメリカ国民のみなさん」、サイバーパンク風子供小説「コンピューター・フレンドリー」、奇妙な味のショートショート「ソックス物語」、意思(遺志?)としての言葉の不可思議さをホラー風味に表現した「遺す言葉」、少女とクジラの何とも言えない奇妙な短篇「ライカンと岩」、異星知性との情緒的な(しかし相互不理解の断絶は厳然として存在する)コンタクトを描く「コンタクト」、若者たちが異星人に妙なことを吹き込む「スロポ日和」、凄いレシピ「イデオロギー的に中立公正なフルーツ・クリスプ」、幻想ホラー「春の悪夢」は、練達の名手による傑作短編群といえるだろう。
 一方、レズリー・ホワットとの合作である「ニルヴァーナ・ハイ」(超能力者である学生たちが色々やる話。全編に漂う独特の熱気が印象に残る)、アンディ・ダンカン、パット・マーカー、マイクル・スワンウィックとの合作である「緑の炎」(アシモフハインラインが大冒険する!)辺りは、純度が下がり、その代わり割とハチャメチャの騒ぎが楽しめる。特に後者はバカSFと言っても良かろう。
 というわけで、素晴らしい傑作短編集である。
 とはいえ、ネット上での評判が現時点で微妙なことは認めざるを得ない。帯や前振りでの名立たるSF作家による絶賛がマイナスに作用したものと思われる。確かに、これ位誉められたら、イーガンやチャンのような作家を連想してしまうのは人情だ。しかし、落ち着いて面子や言い回しを眺めれば、イーガンやチャンとは作風が全く違うらしいとは見当が付くはず。賞賛文を何も考えず鵜呑みにする恐ろしさが、ここに出ていると思う。アイリーン・ガンには、いかなる意味でもハードSFを期待してはならない。SFは理系だけの物ではない! 我ら文系の物でもあるのだ! というわけで、むしろ、コアなSFファン以外にお薦めした方が良いのかも知れない。