不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

NHK交響楽団1685回定期演奏会

15時〜 NHKホール

  1. 武満徹:グリーン
  2. ガーシュウィン:ピアノ協奏曲ロ調
  3. プロコフィエフ交響曲第5番変ホ長調op.100

 アンドレ・プレヴィン。81歳。1stヴァイオリンの椅子の背もたれに適宜つかまりながらヨタヨタと出て来て、指揮台にも譜面台に手を置きながら、つらそうに登る。指揮台の上には椅子があり、そこに座って振るのだが、その椅子に座る際も、真中に落ち着くのではなく、やって来た側(向かって左)に偏って座る。普通は立ち上がらないまでも真中ににじり寄るものだが、それすらもうできないのだろう。そして演奏中も、鋭角的に力を込めて振ることは全くなく、円を描くような滑らかな指揮ぶり。興が乗って来て椅子から立ち上がる――なんてこともない。オーケストラの鼻づらを引き回すような、強引な支配力を及ぼすことも全くない。さらに、演奏後に指揮台を下りるのは、もはや自分一人ではできない。コンサートマスターが手をつかんでやらねばならない。その姿は、ようやく肉体を失おうとしている、元気のない老人そのものの姿だ。
 だが、だからこそできる演奏もある。今日は、そのことを日本の聴衆に示した演奏会となった。
 むろんプレヴィンは、若い頃から強引な解釈をしてはいなかった。しかし今日の演奏は、そういうのとはまた違った味があったように思う。もう力のない指揮。だがそこには経験または彼本来の音楽性に裏打ちされた、豊かな音楽がある。それを読み取り、取り込み、盛り立てようと、NHK交響楽団は全力で演奏していたのではなかったか。武満徹での実に柔らかな音色(武満に抱くイメージ通りの美しさ!)。ガーシュウィンの澄み切った演奏。フレッシュネスなプロコフィエフ。それらには、ふわりとしたエモーションの漂いと、枯れた至芸があった。
 なお、身体的に老いたりとはいえ、プレヴィンがボケていたわけではない。指揮台から出される指示は、悉く的確なものであり、かつ細かかった。頭の方はまだまだ実にしっかりしていらっしゃる。見かけはプレヴィンよりも元気に見えたマリナーやプレートル(共に86歳)が、振り遅れを頻発させていたのとは対照的である。
 興味深かったのは、ガーシュウィンのピアノ協奏曲。ジャズの影響が大きい作曲家の代表作の一つであるが、本日の演奏では全くスウィングしていなかった。代わりに均整美が備わっており、これは驚くべきことにピアノも一緒だった。というか、あんなにヨボヨボしているのに、ピアノはとても美しく響いたのである。そりゃ若干のミスタッチはありましたが、まだまだ指は回っていた。足りなかったのは強音時の音量やら迫力、そして彼自身の以前の録音には見られた、リズムの弾みである。しかしこれらがないからこそ、この楽曲もまた紛れもなくクラシック音楽であることを、まざまざと見せ付けてくれたように思う。ジャズ的な何かがなくても、この曲はちゃんと聴けるんです*1
 これに比べてプロコフィエフは、ちょっと枯れ過ぎというか、もっと脂ぎった肉食系のカロリー満点の演奏であっても良かったと思うが、最初から最後まで緊張感が途切れず、くっきりした音を出し続けてくれており、これはこれで良い演奏であったと思う。
 NHK交響楽団も今日は健闘していました。来年3月に、彼らはプレヴィンと共に、武満とプロコを携えて北米演奏旅行に出かける。今日の定期はその練習も兼ねていたのだろう、1stヴァイオリンの最初のプルトは両コンマス揃い踏みであった。その他のパートも首席クラスが勢ぞろいしており、実に豪華な布陣*2だ。多少のミスはあったが、ここまでやってくれたら十分であろう。良い音楽が聴けた、良い演奏会だった。

*1:ジャズ的な何かがないとガーシュウィンは面白くないという偏見に凝り固まっている人や、クラシックの演奏会にジャズ的要素を求めてそれがないと怒り出すお門違いなジャズ・ファンを除く。

*2:NHK交響楽団のレベルでは、だが。