神秘結社アルカーヌム/トマス・ウィーラー
- 作者: トマス・ウィーラー,大瀧啓裕
- 出版社/メーカー: 扶桑社
- 発売日: 2008/09/30
- メディア: 文庫
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コナン・ドイルはオカルト狂であった。その実態たるや、ガキが作ったトリック写真に騙されて妖精の存在を高らかに宣言し、天下に恥を晒すほどの酷かったのである。彼はシャーロック・ホームズの生みの親にもかかわらず、本格ミステリ・フリークに「ご本尊」扱いされず、シャーロッキアンにもしばしば邪魔者扱いされるが、その理由の一端がここにあるというわけだ。第一次世界大戦で最愛の息子を亡くすなど、同情すべき面もあるが、イタい奴との印象は拭いがたい。
しかし『神秘結社アルカーヌム』でのコナン・ドイルは、なかなか渋い所を見せる。ドイルはデュヴァル亡き後の《アルカーヌム》を主導し、この世ならぬ者から世界を守ろうとする。オカルトの世界に戻りたくないフーディーニ*1を説き伏せ、アレな言動を繰り返すラヴクラフトを制御し、堕天使との戦いに敢然とその身を投じるのである。魔術師アレイスター・クロウリーや新聞王ハーストに対しても毅然とした態度を崩さない。おまけにホームズの得意技「初対面の相手のことをズバリと言い当てる」まで披露しており、頭の回転が早くリーダー然とした、お爺ちゃん主人公の座を獲得しているのだ。
本書には他にも主役級の人物は多数いる。フーディーニもそうだし、ラヴクラフトに視点が移る場面もあり、とあるホームレスのカップルも物語の中心を占める。しかしミステリ・ファンとしては、「カッコいい心霊主義者ドイル」という非常に珍しいものが見れて感無量である。
なお、物語の中ではオカルト要素が炸裂しており、ミステリだと思って読むと痛い目を見る。背表紙が赤なんで誤解する人はあまりいないだろうが、本書は完全に伝奇小説であり、その限りでは非常にウェルメイドである。前半は「実在の人物にこんなことさせるなんて……」という興味で引っ張る部分がなくはないのだが*2、次第に伝奇冒険小説の色彩を強め、闇の瘴気が立ち上ってくる。現実世界で冷静に聞くと電波以外の何物でもない会話が、深刻な響きを帯びる空気感こそ、オカルト満載の小説を読む醍醐味であろう。本書にはそれがある。
敵との戦いも、意外な方面から助けが入ったりして盛り上がる。これで敵方が旧支配者だったら完璧だったのだが、もうちょっと人間に近い奴らでちょっと驚いた。それとも俺が何か読み落としたか。
というわけで、オカルト要素が大好きな人には強くオススメしたい一冊である。