不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

神秘結社アルカーヌム/トマス・ウィーラー

神秘結社アルカーヌム (扶桑社ミステリー)

神秘結社アルカーヌム (扶桑社ミステリー)

 1919年、オカルト指導者コンスタンティン・デュヴァルがロンドンで死亡する。彼は一頃、ジョージ5世・ヴィルヘルム2世・ニコライ2世ラスプーチン付き)をドイツの片田舎に呼びつけて会議を催すほどの権勢を誇ったが、『エノクの書』を入手したことで運命が暗転したのである。このデュヴァルの死に不穏なものを感じ取ったコナン・ドイルは、闇の陰謀を打ち砕くべく、ウィンストン・チャーチルが止めるのも聞かず渡米して、デュヴァルと共に結成した結社《アルカーヌム》を再始動させる。折りしもニューヨークでは奇怪な連続殺人事件がおきていた。ドイルは、かつての同志ハリー・フーディーニとヴードゥの女王マリー・ラーヴォを呼び寄せて、事件のヒントを握っているらしいラヴクラフトを精神病院から救出しようとするが……。
 コナン・ドイルはオカルト狂であった。その実態たるや、ガキが作ったトリック写真に騙されて妖精の存在を高らかに宣言し、天下に恥を晒すほどの酷かったのである。彼はシャーロック・ホームズの生みの親にもかかわらず、本格ミステリ・フリークに「ご本尊」扱いされず、シャーロッキアンにもしばしば邪魔者扱いされるが、その理由の一端がここにあるというわけだ。第一次世界大戦で最愛の息子を亡くすなど、同情すべき面もあるが、イタい奴との印象は拭いがたい。
 しかし『神秘結社アルカーヌム』でのコナン・ドイルは、なかなか渋い所を見せる。ドイルはデュヴァル亡き後の《アルカーヌム》を主導し、この世ならぬ者から世界を守ろうとする。オカルトの世界に戻りたくないフーディーニ*1を説き伏せ、アレな言動を繰り返すラヴクラフトを制御し、堕天使との戦いに敢然とその身を投じるのである。魔術師アレイスター・クロウリーや新聞王ハーストに対しても毅然とした態度を崩さない。おまけにホームズの得意技「初対面の相手のことをズバリと言い当てる」まで披露しており、頭の回転が早くリーダー然とした、お爺ちゃん主人公の座を獲得しているのだ。
 本書には他にも主役級の人物は多数いる。フーディーニもそうだし、ラヴクラフトに視点が移る場面もあり、とあるホームレスのカップルも物語の中心を占める。しかしミステリ・ファンとしては、「カッコいい心霊主義者ドイル」という非常に珍しいものが見れて感無量である。
 なお、物語の中ではオカルト要素が炸裂しており、ミステリだと思って読むと痛い目を見る。背表紙が赤なんで誤解する人はあまりいないだろうが、本書は完全に伝奇小説であり、その限りでは非常にウェルメイドである。前半は「実在の人物にこんなことさせるなんて……」という興味で引っ張る部分がなくはないのだが*2、次第に伝奇冒険小説の色彩を強め、闇の瘴気が立ち上ってくる。現実世界で冷静に聞くと電波以外の何物でもない会話が、深刻な響きを帯びる空気感こそ、オカルト満載の小説を読む醍醐味であろう。本書にはそれがある。
 敵との戦いも、意外な方面から助けが入ったりして盛り上がる。これで敵方が旧支配者だったら完璧だったのだが、もうちょっと人間に近い奴らでちょっと驚いた。それとも俺が何か読み落としたか。
 というわけで、オカルト要素が大好きな人には強くオススメしたい一冊である。

*1:実際のフーディーニは、ご存知のとおり、霊媒たちのインチキを暴き続けた。ドイルとも知己であったが、フーディーニは彼のことを「騙されやすい人物だ」と評している。……ドイル……。

*2:一例を挙げると、精神病院でフーディーニが立ち回りを演じる。横にいるラヴクラフトはもちろんべそをかいています。