不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

トスカの接吻/深水黎一郎

トスカの接吻 オペラ・ミステリオーザ (講談社ノベルス)

トスカの接吻 オペラ・ミステリオーザ (講談社ノベルス)

 プッチーニの歌劇《トスカ》上演のクライマックスで、タイトル・ロールを歌うソプラノ歌手が、ナイフで悪役のバリトンを刺殺してしまう。小道具のナイフがいつの間にか本物に摩り替えられていたのだ!
 芸術全般に造詣が深いフリーターの瞬一郎と、彼の伯父・海埜刑事のコンビが、舞台上で起きた殺人事件の謎を解く物語。ミステリ的には小粒だがよくできた作品である。作中の殺人事件が、著名オペラである《トスカ》と、オペラ公演の現状と絶妙に、暗喩たっぷりに響き合うのは素晴らしい。ここは小説としても非常に面白いし、本当によく取材しているとも思う。カヴァラドッシ役がバイロイトジークフリート歌うような本格的ヘルデン・テノールだったり、《さまよえるオランダ人》を楽劇と書いてしまっていることなどから、作者が根っからのオペラ・フリークでないことは明らかだが、作品の質には無関係だし、逆に言えばこの程度の瑕しかない。なおこの瑕が浅いのは、本書におけるオペラへのアプローチが、音楽方面からではなく演劇方面からのものであることにもよる。
 というわけで、『エコール・ド・パリ殺人事件』がお好きな方には、遠慮なくおすすめしておきたい。