不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

東京島/桐野夏生

東京島

東京島

 その太平洋の孤島には、32人が様々な経緯で流れ着いていた。文明社会から途絶されたこの島を、彼らはいつしか《東京島》と呼び始め、日本人グループと中国人グループに分かれての生活を送り始める。その中でも、島唯一の女性で47歳の清子は、男たちにちやほやされてご満悦だったが……。
 絶海の孤島の閉塞感が、登場人物に狂気をもたらしている。といっても、狂う《過程》をスリリングに描く物語ではない。小説の冒頭の時点で、登場人物たちは孤島暮らしを始めて久しく、狂気に十二分に蝕まれている。その《状態》を桐野夏生は赤裸々に描くのだ。47歳のおばちゃん(しかも島で最もふくよか)の飽くなき情欲とか、海亀の甲羅を背負っておねえ言葉を使う中年のおっさんが、死んだ清子の旦那の日記を読んで勃起するとか、もう「うへえ」としか言えない。しかも全エピソードが、人生の意義やら深淵などとは無縁で、実にばかばかしいのである。
 とはいえドラマトゥルギーも十分備えている。後半に至って、東京島にはある変化が訪れる。しかしこの変化も、人間の尊厳を回復する方向には舵を切らない。ただひたすらに「イヤ話」が展開され、男だろうが女だろうが、とにかく人間は醜くて汚いことを見せ付ける。まさに桐野夏生の面目躍如といったところだ。また、ある意味幻想的で語りの雰囲気が変化するラストは、起きていることは全然違うが、ジム・トンプスンの『ゲッタウェイ』のように、色々なことを作者が冷淡に突き放しているようで実に味わい深い。
 イヤな話を読みたい人には強くおすすめしたい。