不壊の槍は折られましたが、何か?

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第三帝国の興亡1/ウィリアム・L・シャイラー

第三帝国の興亡〈1〉アドルフ・ヒトラーの台頭

第三帝国の興亡〈1〉アドルフ・ヒトラーの台頭

 ナチス・ドイツの興亡を描く歴史書の1巻目で、今回はヒトラーの生い立ちから政権掌握(レーム粛清とヒンデンブルク大統領の死去辺り)までを扱う。
 この1巻前半では、ドイツという国家のまとまりのなさ、第一次世界大戦敗戦の屈辱感、中流下流階層の淀んだ意識の中から、次第にナチス・ドイツのコアが形成されていき、『我が闘争』に至るや後の全てが既に予告されていたことを示す。ミュンヘン一揆の段を除けば取り立てて劇的名エピソードには欠ける部分のはずだが、この思想醸成過程がなかなかにスリリングで読ませる。本書はヒトラーの思想内容よりも、その発生過程に焦点を当てており、筆の印象は粛々としていながら生々しい。個人的には、コンプレックスやルサンチマン、そして責任逃れの姿勢(「俺は悪くない!」という意識)が生み出した憎悪の果てに、ナチスが生まれたと読んだ。*1
 で、後半でやっとナチスによる権力奪取が描かれる。パワーゲームとしての派手なエピソードに事欠かなくなり、しかもナチスにとって際どい局面が多々あって、読み物として単純に面白い。またワイマール共和国の浮沈という、私自身はあまり知らなかったことにもページが割かれていて面白かった。ワイマール憲法は当時世界で最も民主的な憲法と言われていたが、シャイラーはこれを字面だけのものと喝破する。その当否はさておき、筆者のますらをぶりを示していてカッコいい部分だ。なおシャイラーは、「はじめに」で極力冷静にナチスを語ると宣するが、実際には、抜き難い嫌悪感が随所で噴出している。ここら辺も非常に味わい深い。
 第2巻では、第三帝国が戦わずして領土を拡大していく時期を扱うらしい。要は国際社会での外交的勝利を描くことになるのだろう。第1巻では、ナチスと国際社会の関わりがほとんど出て来なかったので、また違った読みどころがありそうだ。楽しみにしています。

*1:別に本エントリで政治的主張をおこないたいわけではないが、更に自分の個人的見解に踏み込むと、小泉のワンフレーズ・ポリティクスなどの《手法》を「ナチスに繋がる道」と批判するよりも、小泉・安倍・自民党民主党天皇自衛隊靖国薩長土肥・大企業・米国・中国・韓国・北朝鮮・外国人・異性・その他諸々何でもいいが、自分自身以外のものへの強烈な憎悪を政治的主張として整理し言い立てることの方が、よほどナチスへの近道ではないかとも感じた。憎悪は暴論を生み、暴論は暴挙を生み、暴挙は荒廃を生むことになるが、憎悪に基づかない暴論というのは、実際はそれほど暴走しないのではないだろうか。