不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ともだち/樋口有介

ともだち (中公文庫)

ともだち (中公文庫)

 幼少より祖父から剣術の指南を受けた神子上さやか。あまりの異能ぶりに、彼女は高校でも浮き気味で、美術部の片隅で黙々と絵を描いて過ごす日々を送っていた。そんなある日、彼女が通う高校の女生徒たちが、次々と路上で何者かに襲われる事件が発生する。そして遂に殺人にまで事態は発展する。殺されたのは校内一の美女で、さやかと同じ美術部員。小夏佐和子であった。さやかは、ひねくれ者の間宮祐一、さやかを慕う下級生・玉尾水涼みすずと共に、調査を始める。
 美少女剣士が大活躍! などと書くと、お前は作者を竹本健治愛川晶辺りと勘違いしているんじゃないかと言われそうだ。しかし『ともだち』では、本当に美少女剣士が主人公として活躍するのである。しかも糞強い! 武芸で彼女を上回るのは彼女の祖父・無風斎のみだが、この爺様は女に目がなく、孫のさやかはこの点で祖父を厳しく監視している……というシチュエーションであれば、もうおわかりだろう。つまり爺様はさやかにそれほど強く出られず、主人公さやかは、作中で実質的に最強を誇るのである。そのエピソードも振るっていて、さやかは入学早々剣道部に道場破りをかけて、先輩部員+顧問に圧勝、学園の伝説になってしまうのだ。だがさやか自身はお転婆ではない。常に凛とした気風を保ち、後輩の水涼が同性であるにもかかわらず「先輩、先輩」とじゃれ付いて来るほどなのだ(←というかこんなキャラさえいるのかよ!)。その佇まいは、実に涼やか、嗚呼、これこそ美少女剣士の鑑! というわけで、こういった曰く言い難いナニがアレな人物造形を見て、「樋口よ、お前もか」と肩を叩きたくなる阿呆な男は俺だけではないはずだ。
……が、そこは樋口有介、コメディ・タッチの浮付いた作品としては仕上げていない。さやかの父は、つまり無風斎の息子は警官であった。彼は剣術を修めていたにもかかわらず暴漢に襲われ殉職したのである。実力は既に生前さやかに凌駕されていたとはいえ、その死は先祖伝来の剣術が否定された瞬間でもあった。そしてもちろん、家庭を襲った悲劇でもあったのである。以来、無風斎は剣術に賭ける覇気を失い、さやかは凛とした、しかし紛れもない翳りを帯びることになった。そして彼女は仲間も特に作らず、高校で孤独な日々を送る。実は結構暗いのだ。
 そんなさやかと祐一・水涼の交流は、彼女のある意味麻痺した心を次第に溶かしてゆく。だがその交流は、さやかと真の友達になっていたかも知れない小夏佐和子の死がもたらしたものでもある。青春とは明るいとは限らない。ときに暗くすらあるだろう。だが、理不尽な死と暴力に翻弄されるには、佐和子は余りにも若過ぎた。そのような「ともだち」を持つには、さやかも若かった。一見喜劇的な人物造形および配置をしておきながら、《深淵》を覗くことができる地点は実は多い。筆致そのもの、いつもながらスマートで適度にセンチで、しかしどこまでも堅実なものである。登場人物設定の派手さが好悪を分かつかも知れないが、リアル青少年にはこっちの方が受容されるやも知れぬ。青春小説の良作の一つとしてオススメしておきたい。