不壊の槍は折られましたが、何か?

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墓標なき墓場/高城高

高城高全集〈1〉墓標なき墓場 (創元推理文庫)

高城高全集〈1〉墓標なき墓場 (創元推理文庫)

 昭和33年夏、北海道東部。殿村水産の運搬船・天陵丸が未明に沈没する事件が起きた。その朝、花咲港に帰港したサンマ船が岸壁に衝突して疵を作る、という事件も起きた。この二つの事故に不審の念を抱いた、不二新報釧路支局長の江上は、独自の取材を始めるが。
 和製ハードボイルドの原典――こう言われると、どんなものが出て来るかと身構えてしまう。しかし本書は非常に簡素な佇まいを見せており、構成的にも非常に真っ当な推理小説なのが特徴だ。人称も一人称ではなく三人称であり、視点こそ江上に据えられるものの、地の文はこの主人公を相当に客体視している。このため文章の質感、転じて物語の雰囲気は終始落ち着いたものになっている。
 また、主人公の言動もさほど気障ではない。個人的な因縁が生じた事件を解こうとする、新聞記者としての誇りと気概はさすがにハードボイルド的なものを感じさせる。しかしそれを描く筆致が淡白なので、アメリカ型ハードボイルドがしばしば持つ《暑苦しさ》が彼方に後退している。他の登場人物も同様であり、個人の深奥に直接肉薄する手法は採用されていない。主人公の視点から観察された言動から、その内心を読者が慮る――これが基本的な読解手段となる。このため物語には一種の繊細さすら生まれ、すっきりした読み口を実現している。
 推理小説的な構成も、先述の通り真っ当かつうまいものだ。簡素な文体で綴られる物語の中で、海難事件に隠されたある事情が重層的に浮かび上がってくる。これがとても綺麗なのである。
 そんなこんなで、本書は洒脱さすら感じさせる。無論、そういったハードボイルドも後には(洋の東西問わず)生まれている。しかし日本においてはその最初期からこうであったという事実は、和製ハードボイルド史の上で非常に興味深いことである。作品単体としても、読みやすいし目鼻立ちもくっきりした物語なので、おすすめです。