不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

天使は容赦なく殺す/グレッグ・ルッカ

天使は容赦なく殺す

天使は容赦なく殺す

 ロンドンの地下鉄で同時多発テロが発生する。イギリス政府は首魁と目されるサウジアラビアの宗教指導者暗殺を決断。その任は、秘密情報局首席特務官(つまり暗殺者)タラ・チェイスに託される。だがそれは、タラを窮地に追い込む事態の幕開けに過ぎなかった。
 テロの時代と、英・米・イスラエルサウジアラビア間の駆け引きを背景としつつ、工作員の活躍と苦境を描く。背景のグランドデザインが非常にくっきりしており、何がどうなってこんなことになったかの筋運びは極めてスムーズ、かつ緊迫感に溢れている。白人ムスリムであるシナーンがテロに手を染める過程が平行して描かれることも、物語のいいアクセントになっている。
 残念なのは、以上の要素から期待を高めたうえで訪れるアクション・シーンが悉くあっさりしていることだ。暴力を生々しく描写しないのは見識ではあるので、欠点とまでは言い切れないが、読者としては不完全燃焼に陥ると言わざるを得ない。また、タラのキャラクターもいまひとつ弾け切っていないように思う。
 今のままでも十分カッコいい話ではあるが、真に魅力的なアクション・ヒロインが相応の大活躍を繰り広げるためには、もう一段上の苛烈さが求められる。このような要求に応えられない作家ではないと信じて、次作に期待したい。なお言うまでもなかろうが、装丁は神。