白楼夢/多島斗志之
- 作者: 多島斗志之
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2007/05
- メディア: 文庫
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過去と現在のパートが交互し、過去のパートは、林田のシンガポール到着から呂白蘭の死まで、現在のパートは、呂白蘭殺害事件の顛末を扱う。しかも、現在のパートは、視点が三つに分かれる。林田/妹の敵と林田を追う呂虎生/植民地の刑事チャールズ・ケインが、交互に視点を担当して、白蘭殺人事件の謎を追うのである。
というわけで構造自体はそれほど単純ではないのだが、文章が相変らず全く慌て騒ぎのなく、非常に読みやすい。読者が混乱することはまずないだろう。そしてこの文章自体が本当に素晴らしいもので、登場人物の感じているであろう激しい情動、起きている事態の狂乱っぷりに直接影響されることなく、筆致はあくまでも、徹底的に淡々としている。そして、先述の若干複雑な構造と相俟って、1920年代におけるシンガポール、マレーシアの、隠された真実を、冷静に描き出してゆく。
興味深いのは、名の付く登場人物が全員、日本人・華僑・英国人・インド人のいずれかであること。もちろん皆、民族的にはマレー半島に由来する出自ではない。そもそも華僑を除けば、マレー半島で生まれてすらいないのだ。そしてその事実が、1920年代が生き馬の目を抜く、帝国主義の時代であったことを表している。そして、それがイギリス支配のみによって表されていないところに、帝国主義そのものの黄昏が暗示されている。
しかも嬉しいことに、ミステリとしての完成度も非常に高い。読みやすくて時代の描出も完璧な、傑作といえよう。表現方法が派手ではないので、地味な印象を持たれるかも知れないが、強く、そして広くおすすめしたい。