不壊の槍は折られましたが、何か?

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漱石先生の事件簿 猫の巻/柳広司

漱石先生の事件簿―猫の巻 (ミステリーYA!)

漱石先生の事件簿―猫の巻 (ミステリーYA!)

 『吾輩は猫である』の世界に材を取り、かの著名な作品の挿話から謎を取り出し、書生に探偵役を務めさせて《真相》を看破させてゆく物語。元ネタが事実上の連作短編だったこともあり、『漱石先生の事件簿 猫の巻』もまた連作短編集となっている。
 各編におけるネタは小ネタだが、『百万のマルコ』よりオリジナリティがあるもので、この頑張りは好ましい。そして日露戦争反戦感情を通奏低音として導入し、『吾輩は猫である』のストーリーと有機的に結合させたことも、非常に効果的である。全体的な構成も締まっており、キャラ立ちも手並み鮮やか、まずは素晴らしい作品といえるだろう。
 ただし、この作品を読んでいる真っ最中に感じる面白さのかなりの部分は、『吾輩は猫である』の面白さそのものではないかとも感じられる。原典への依存度は『百万のマルコ』の比ではなく、本作における勲功第一は夏目漱石にあり、柳広司自身の貢献は部分的ではないかという思いを捨て切れない。反戦感情という通奏低音すらもが、状況を根本的に変えるまでには至っておらず、オリジナリティという点では問題も感じられる作品だ。
 もっとも、それでもラストには感動したわけであるが。これは素晴らしい反則!