不壊の槍は折られましたが、何か?

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ミハスの落日/貫井徳郎

ミハスの落日

ミハスの落日

 5編から成る短編集だが、いずれも、《状況》そのものに陥穽を潜ませる芸風はそのままに、舞台を全て海外に設定している。取り上げる町は有名だが、観光名所で旅人が事件に巻き込まれるのではなく、敢えてそこに住む等身大の市民に焦点を当てているのが特徴といえよう。単発の作品として個別に見ると、海外を舞台とする必然性が薄いものばかりなのだが*1、このように一冊にまとめると、短編集として非常に綺麗にまとまっており、印象が強い。
 各作品は、人の持つ陰の側面を描出するものであり、より汎用性の高い心情を扱う「ミハスの落日」「ストックホルムの埋み火」辺りが、完成度が高いと思われた。他の作品も含め、読みやすいし、筆も落ち着いている。貫井ファンには佳品として楽しむことができるだろう。

*1:と言っても、「舞台を海外にする必然性」がなければ、日本人作家は海外を舞台としてはいかん、などと主張するのは愚の骨頂である。