不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

大失敗/スタニスワフ・レム

FIASKO‐大失敗 (スタニスワフ・レムコレクション)

FIASKO‐大失敗 (スタニスワフ・レムコレクション)

 解説の受け売りになってしまうが、本作では、『エデン』『ソラリス』『砂漠の惑星』の三部作をはじめとする真面目な作品群でレムが追及してきたテーマが、更に一歩進んだ形で提示される。この一歩は、スタニスワフ・レムとしては「偉大な一歩」である。しかしこれは、レムの圧倒的な業績と、驚異的な考察深度があって初めてそう言えるのである。要は「あのレムがこういうことを書くなんて!」とも言えようか。しかし、翻って人類にとって、これは断じて「偉大な一歩」ではない。それどころかむしろ退歩・退化であり、もし実際に本作のような事件を起こしてしまったら、そいつは囂々たる非難を受けるはず/受けて欲しい。未来における人類の倫理は、このようなことを許さないものであって欲しい。『大失敗』で描かれるのは、そんなことを願ってしまう深刻な「あってはならない」事柄なのである。
 ここで私は半ば自動的に、某著名SF作家の某著名シリーズを思い出したが、あれとの決定的な差異は、レムが倫理的・情緒的な想念を一切排除していることである。ある同一の事柄を冷たいほどに徹底した知性で描くのがレム、宗教の世界にまで突入した理性で描くのが某著名SF作家と言えるだろう。そして個人的には、やはりその徹底ぶりゆえに、レムに軍配を挙げたい。
 というわけで、まことに素晴らしい《最後の作品》といえよう。こなれていない訳文だけが残念。原文はチェスタトンすら問題にならぬほど難しいと思うが、それが言い訳になるはずもない。早期の改訳を望む。