不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

使命と魂のリミット/東野圭吾

使命と魂のリミット

使命と魂のリミット

 怪しげな雰囲気を出すための装置としても、病院という奴は使い勝手が良い。したがって、そのような舞台装置としても病院はよく使用される。しかし、都会の現役の総合病院を舞台とし、病院内部の人間を視点人物に据えた場合、作家はどうしても医療問題に直接の材をとりがちである。畢竟、作品は社会派っぽい様相を呈することになる。
 東野圭吾は今回、その道に入るのを巧妙に回避した。彼は登場人物の「個人的ドラマ」にまず焦点を当てる。世の中に蔓延する医療問題はテーマとして採用されていない。しかし、医療関係者の「個人的ドラマ」を描くことで、医療問題を通じて間接的にではなく、直接、医療そのものについて問い掛けをおこなう。と同時に、自動車の安全性や、不祥事を起こした企業の対応など、社会的な事項も主要テーマに設定されている。こういうミステリは他にない、などと主張する気はないが、医療系推理小説と言われて我々が連想する、良くも悪くも鬱陶しい作品でないことは保証したい。
 構成はなかなかよく考えられている。サプライズはほとんどないし、全体的に新味もないが、それでもさくさくと読まされてしまう。サスペンスフルな展開と、適度・適切な人間描写。やはりこの作家はとてもうまいのである。決して大傑作ではないが、東野の腕前を確認できる一冊と言えるだろう。……しかし、タイトル・センスは糞以外の何物でもない。『使命と魂のリミット』、実につまらなそうな題名である。もう少し何とかならなかったのであろうか。