不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

魔性/渡辺容子

魔性

魔性

 鈴木珠世、29歳、独身、処女、元OL、現無職。仕事を辞めたことを北海道の家族に知らせず、引きこもりに限りなく近い生活を送っていた彼女は、ひょんなことから高校生のありさと出会い、川崎市のプロ・サッカーチームを応援する人々と知り合うことになる。彼らと共に贔屓のチームを応援するときだけ、彼女は楽しく時間を過ごすことができた。しかし、ある試合日にありさが殺されてしまう。そして仲間たちの携帯に、誰かがありさの携帯から嫌がらせメールを送ってくるのだった。珠世は仲間と共に調査を開始するが、仲間たちはそれぞれ、他のメンバーには言っていない秘密があるようで……。
 川崎市のサッカー・チームのサポーター仲間を巡るイヤ話。川崎市という微妙な舞台設定が、登場人物がそれぞれ抱えた生臭い事情と相俟って、かなりの卑近さを出している。話の展開も妙に近視眼的で行き当たりばったり、登場人物造形を含めて、この作品はテーマや結末等の大局を見据えた構成を有さない。その点ではグダグダ感を拭えないのである。
 しかし、我々の実人生とはそもそもそういったものである。起承転結が明瞭な事柄など、実際にはないに等しい。あるのは、「状況」と、それに流されるか抗うかを決定する「個性・人格」に過ぎない。その「状況」「個性・人格」もまた、不変ではなく、ある程度は変わり得るものである。
 敢えてこう言おう。『魔性』は、「状況」と「個性・人格」を克明に描くことに成功している、と。また、一時は自殺寸前まで行った主人公が、「処女のババァをなめんなよ」とすら言い切り、次第に強く生き始める様は非常に印象的である。つまりこの小説は、メンヘルの成長小説でもあるのだ(治癒・回復とは言いたくない)。大傑作とはさすがに言わないが、悪くない。